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監護者でなくても監護者性交罪が成立する?共犯と身分の最高裁判例

監護者でなくても監護者性交罪が成立する?


監護者ではない男性にも監護者性交罪が成立するという最高裁の決定が話題になっていました。
digital.asahi.com
これは、共犯と身分という論点です。刑法を勉強していない方には何が問題になっていたのかわかにくいと思いますので、解説します。

どんな事案だったのか?

裁判所のウェブサイトでは、決定が公開されています。
www.courts.go.jp
報道と決定文によると、次のような事案です。

Aは、男性である。Bは、Vの母親であり、V(16歳・女性)を監護養育している。Aは、BにAとの性交に応じるようにVを説得させ、Vと性交をした。
Aがクズであることには疑いの余地がありませんが、感情論はさておき、法律ではAにはどんな罪に問われるのでしょうか。

男性の単独犯ならばどうなった?

まず、Bが事件に関わっておらず、Aの単独犯ならばどうなるのかを考えます。
Aが監護者の場合、例えばAが被害者の継父のときは、Aには監護者性交罪が成立します。

(監護者わいせつ及び監護者性交等)
第百七十九条 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為をした者は、第百七十六条第一項の例による。
2 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第百七十七条第一項の例による。

刑法

監護者性交罪の法定刑は、5年以上の有期懲役です。有期懲役刑の上限は懲役20年です(刑法12条1項)から、5~20年の懲役ということです。
Aが監護者ではない場合、監護者性交罪は成立しません。監護者性交罪は、監護者という特定の身分がないと成立しない身分犯なのです。
では、Aが監護者ではない場合、お咎めなしかというと、そういう訳ではありません。Aが監護者ではない場合、各自治体の青少年健全育成条例等の他の犯罪が成立します。例えば、東京都青少年の健全な育成に関する条例では、次のように規定されています。

(青少年に対する反倫理的な性交等の禁止)
第十八条の六 何人も、青少年とみだらな性交又は性交類似行為を行つてはならない。

東京都青少年の健全な育成に関する条例

第二十四条の三 第十八条の六の規定に違反した者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

東京都青少年の健全な育成に関する条例

条例違反の法定刑は、2年以下の懲役または100万円以下の罰金です。監護者性交罪では、5~20年の懲役ですから、ずいぶんと軽くなります。
付け加えると、日本の刑事裁判では、法定刑の下限に近い長さになることが多いという傾向があります(殺人罪は例外です。)。
Aが監護者か非監護者か、言い換えれはAが監護者という身分を有するか否かで、成立する犯罪と刑の重さが大きく異なってくるのです。

監護者との共犯ではどうなる?

監護者ではないAが、監護者であるBと共同で犯行に及んだ場合は、どうなるでしょうか。
身分犯の共犯について、刑法65条は次のように定めています。

第六十五条 犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。
2 身分によって特に刑の軽重があるときは、身分のない者には通常の刑を科する。

刑法

刑法65条1項の文言からすると、非身分者でも分者と共犯に及んだときは、身分犯の共犯になるように読めます。ところが、刑法65条2項の文言からすると、非身分者は身分犯の刑を科されないように読めます。このように刑法65条は、1項では共犯と身分が連帯するかのようですが、2項では共犯と身分は個別的であるかのような規定になっており、1項と2項が矛盾するよう読めます。この一見すると矛盾する規定をどのように解釈するかということが議論されてきました。
刑法65条について、通説は、

  • 刑法65条1項は、真正身分犯に関する規定
  • 刑法65条2項は、不真性身分犯に関する規定

と理解しています。
真性身分犯とは、行為者が一定の身分を有することによって初めて処罰される犯罪です。例えば、収賄罪(刑法197条)。公務員が賄賂を受取れば収賄罪になりますが、非公務員が賄賂を受け取っても収賄罪になりません。ですが、公務員と非公務員が共謀して賄賂を受取ると、刑法65条1項により、非公務員も収賄罪の共犯になります。
これに対して、不真性身分犯とは、身分がなくてもその行為は処罰されますが、行為者に一定の身分があると通常の場合よりも重い法定刑が規定されている犯罪です。例えば、常習賭博罪です。常習者と常習者ではない人が共謀して賭博をすると、刑法65条2項により、常習者は常習賭博罪になりますが、常習者ではない人は単純賭博罪(刑法185条)になります。
監護者性交罪は、真正身分犯と理解されていますから、Bに監護者性交罪が成立するのであれば、Aは刑法65条1項により監護者性交罪の共犯と考えられます。

性交をしていないのに監護者性交罪が成立するのか?

長々と書いていましたが、実はここまでが議論の前提で、本題はここからです。
ここまで書いてきたとおり、Bに監護者性交罪が成立するのであれば、Aは監護者性交罪の共犯と考えられます。ですが、そもそもBには監護者性交罪が成立するのでしょうか。もう一度、監護者性交罪の条文を見てみましょう。

(監護者わいせつ及び監護者性交等)
第百七十九条 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為をした者は、第百七十六条第一項の例による。
2 十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第百七十七条第一項の例による。

e-Gov 法令検索

監護者性交罪で処罰されるのは「性交等をした者」です。Aの事案で、性交をしたのはAです。監護者であるBは、性交をしていません。Bは、あくまでもAとの性交に応じるようにVを説得したのであり、性交には関わっていません。それなのに、Bに監護者性交罪が成立するのでしょうか。
監護者が性交をしていない場合でも、悲監護者が監護者と共謀して、監護者の「影響力があることに乗じて」被害者と性交すれば、監護者性交罪が成立するのでしょうか。さらに一般化すると、真正身分犯において身分者が犯罪を実行していなくても真正身分犯は成立するのでしょうか。
この事案には、このような問題があったのです。今までの刑法の理論では、真正身分犯においては身分者が犯罪を実行することを前提にしていたのではないでしょうか。

最高裁判所の判断は?

最高裁判所は、次のように判示しました。

18歳未満の者を現に監護する者(以下「監護者」という。)の身分のない者が、監護者と共謀して、監護者であることによる影響力があることに乗じて当該18歳未満の者に対し性交等をした場合、監護者の身分のない者には刑法65条1項の適用により監護者性交等罪(令和5年法律第66号による改正前の刑法179条2項)の共同正犯が成立すると解するのが相当である。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=93744:title=刑法

監護者が性交をしていなくても監護者性交罪が成立することを前提に判断しています。ですが、理由らしい理由が書かれていないため、最高裁判所がどのような理屈でこの結論を導いたのかはわかりません。
この事案では、Aがクズですから、監護者性交罪で重く処罰さることにはさほど違和感がありません。ですが、一般論として、真正身分犯において身分者が犯罪を実行していなくても真正身分犯は成立するとしてしまうと、今までの刑法の理論と整合するのか、収賄罪等で処罰範囲が拡大しすぎないかという疑問が残ります。