法律のはなしをするよ

法律のはなしをゆるゆるとしています。

佐久市のひき逃げで最高裁が逆転有罪判決!高裁と判断が分かれた理由は?

はじめに

2月7日のひき逃げに関する最高裁判決が話題になっています。
www3.nhk.or.jp
この事件は、2015年3月に長野県佐久市で発生した交通事故です。被害者の中学生が亡くなりました。運転者は、事故後に自動車運転過失致死罪で起訴され、禁錮3年、執行猶予5年の有罪判決が確定しました。
その後、被害者遺族の強い要望があり、検察官がひき逃げ(道路交通法の救護義務違反)で起訴しました。一審の長野地方裁判所は、救護義務違反があったと認定し、被告人に懲役6月の実刑判決を言渡しました。これに対して、被告人が控訴したところ、控訴審東京高等裁判所は原判決を取消し、無罪判決を言渡しました。この控訴審判決に対して検察官が上告しました。2月7日、上告審の最高裁判所は、控訴審判決を取消し、長野地方裁判所の判決を支持しました。これによって、懲役6月の実刑判決が確定します。

どんな事件だったのか?

この事件は、どのような事件だったのでしょうか。
最高裁判決は、裁判所のウェブサイトで公開されています。
www.courts.go.jp
最高裁判所が認定した事実は、次の通りです。

⑴ 被告人は、平成27年3月23日午後10時7分頃(以下、時間のみを記載しているものは同日の時間である。)、長野県佐久市内において、普通乗用自動車を運転中、被害者に自車を衝突させ、同人を右前方約44.6m地点の歩道上にはね飛ばして転倒させ、同人に多発外傷等の傷害を負わせる交通事故を起こした。
⑵ 被告人は、フロントガラスがくもの巣状にひび割れたことから、自車を人に衝突させたと思い、衝突地点から約95.5m先で自車を停止させて降車し、衝突現場付近に向かった。
⑶ 被告人は、午後10時8分頃、衝突現場付近で靴や靴下を発見し、その後約3分間、付近を捜したが、被害者を発見することはできなかった。その間に、被告人は、通行人から救急車を呼んだかと聞かれたが、所持していた携帯電話で警察や消防に通報をすることはなかった。
⑷ 被告人は、午後10時11分頃、自車まで戻り、ハザードランプを点灯させた後、運転前に飲酒していたため酒臭を消すものを買おうと考え、自車の停止位置から、衝突現場とは反対方向にあり、約50.1mの距離にあるコンビニエンスストアに赴いて口臭防止用品を購入し、午後10時13分頃、これを摂取して、衝突現場方向に向かった。
⑸ その頃、通行人が、歩道上に倒れていた被害者を発見して、午後10時14分頃、110番通報をし、その通報がされている間に、被告人も、被害者の元に駆け寄って、人工呼吸をするなどした。

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

この事件では、事故前に被告人が飲酒をしており、事故後にコンビニで口臭防止用品を購入していたという事情があり、運転者を非難する声があがっていました。
ですが、実際には、

  • 被告人は衝突現場付近を約3分間探したのに、被害者を発見できなかった。
  • 被告人はコンビニに行ってからは、衝突現場付近に戻った。衝突現場付近を離れていたのは、時間にして約2分、距離にして約50.1メートル。
  • 被告人は被害者が発見されてからは救命活動をした。

という事案です。事故後に運転者が現場から離れ、そのまま戻ってこなかった、という典型的なひき逃げの事案とは異なります。
このような事案で、道路交通法の救護義務違反(道路交通法第72条1項前段、第117条1項)になるのかが争われていました。

東京高裁の判断は?

東京高等裁判所は、救護義務違反にはあたらないと判断しました。その理由は、次の通りです。

飲酒事実の発覚を回避する意思は、道義的には非難されるべきものであるとしても(もっとも、被告人が身体に保有していたアルコール量は、酒気帯び運転の罪を構成する程度に達していなかった。)、救護義務を履行する意思とは両立するものであって背反するものではなく、上記発覚回避行動に出たからといって救護義務を履行する意思が否定されるものではないから、被告人が同意思を失ったとは認められない。前記2のとおり、被告人は、救護義務を履行する意思の下に直ちに被告人車両を停止して被害者の捜索を開始し、被害者が発見された後は実際に救護措置を講じており、その間に捜索や救護のためではない上記発覚回避行動に出ているものの、本件事故後の被告人の行動を総合的に考慮すれば、人の生命、身体の一般的な保護という救護義務の目的の達成と相容れない状態に至ったとみることはできない。原判決は、救護義務違反の罪が成立するかどうかは、当該事案全体を見渡し、様々な事情を総合的に考慮して判断すべきであると説示するものの、本件事故後における救護義務を履行する一貫した意思の下での被告人の行動の全体的な考察を十分に行わず、飲酒事実の発覚回避という行為の目的を過度に重視した結果、救護義務違反の罪の構成要件への当てはめを誤ったものといわざるを得ず、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。

被告人の行為は、道義的には非難されるべきものですか、事故後の行為の全体を見れば救護義務違反にはあたらないと判断しました。

最高裁の判断は?

これに対して、最高裁判所は、救護義務違反にあたると判断しました。その理由は、次の通りです。

道路交通法72条1項前段は、車両等の交通による事故の発生に際し、被害を受けた者の生命、身体、財産を保護するとともに、交通事故に基づく被害の拡大を防止するため、当該車両等の運転者その他の乗務員のとるべき応急の措置を定めたものである。このような同項前段の趣旨及び保護法益に照らすと、交通事故を起こした車両等の運転者が同項前段の義務を尽くしたというためには、直ちに車両等の運転を停止して、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護及び道路における危険防止等のため必要な措置を臨機に講ずることを要すると解するのが相当である。
2 前記第1の2の事実関係によれば、被告人は、被害者に重篤な傷害を負わせた可能性の高い交通事故を起こし、自車を停止させて被害者を捜したものの発見できなかったのであるから、引き続き被害者の発見、救護に向けた措置を講ずる必要があったといえるのに、これと無関係な買物のためにコンビニエンスストアに赴いており、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護等のため必要な措置を臨機に講じなかったものといえ、その時点で道路交通法72条1項前段の義務に違反したと認められる。原判決は、本件において、救護義務違反の罪が成立するためには救護義務の目的の達成と相いれない状態に至ったことが必要であるという解釈を前提として、被害者を発見できていない状況に応じてどのような措置を臨機に講ずることが求められていたかという観点からの具体的な検討を欠き、コンビニエンスストアに赴いた後の被告人の行動も含め全体的に考察した結果、救護義務違反の罪の成立を否定したものであり、このような原判決の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかで、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

コンビニに行った時点で「事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護等のため必要な措置を臨機に講じなかった」といえるので、救護義務違反にあたると判断しました。
事故後の行為を全体的に考えるのか、コンビニに行ったという行為を個別的に考えるのかで、東京高裁と最高裁の判断が分かれたのです。

どのように考えるのか?

最高裁によれば、人身事故を起こした運転者は、「直ちに車両等の運転を停止して、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護及び道路における危険防止等のため必要な措置を臨機に講ずることを要する」とのことです。一見するともっともではありますが、事故後の運転者にそこまで適切な行動をとることを求めてもよいのでしょうか。
この事件では、被告人が事故後に飲酒運転の発覚を免れるためにコンビニで口臭防止用品を購入していることがセンセーショナルに取り上げられ、ネット上では被告人を非難する声にあふれていました。被告人の行為は、東京高裁が指摘する通り、道義的には非難されるべきものでしょう。とはいえ、東京高裁の認定によれば、被告人は酒気帯び運転ではありませんでした。そもそも日本の刑法では、自分の刑事事件に関する証拠を隠滅する行為は犯罪ではありません。それなのに口臭防止用品を購入したことはそれ程までに強い非難に値するのでしょうか。
さらに、そもそも論として、事故後に自動車運転過失致死罪と救護義務違反で起訴したならばともかく、いったんは救護義務違反での起訴を断念し、自動車運転過失致死罪で起訴して有罪判決を確定させておきながら、その後に救護義務違反で改めて起訴するというのは適切なのでしょうか。被告人にとっては、二度の裁判の負担が生じましたし、併合の利益が奪われました。
最高裁の判決はでたものの、すっきりとはしない事件でした。