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三鷹バス事件とは?「著しく困難とまではいえない」で有罪判決

2025年4月30日放送予定の「奇跡体験!アンビリバボー」で痴漢冤罪事件が取り上げられるようです。
番組の公式サイトでは、「冤罪事件に巻き込まれた男性教師…無実の証拠となる左手のアリバイを証明せよ!!」と予告されています。具体的な事件名が書かれていませんが、三鷹バス事件でしょう。
三鷹バス事件がどのような事件だったのか振返ってみます。
以下、「ネタバレ」になると思われますので、「奇跡体験!アンビリバボー」の放送をご覧になるつもりの方はご注意ください。

三鷹バス事件とは?

三鷹バス事件は、2011年12月22日、東京都内を走行中のバス車内で、Vさん(女性、当時17歳)がお尻を着衣の上から触られたとされる痴漢事件です。
犯人とされていたAさん(男性、当時27歳)は、三鷹市の公立中学校の教員でした。

三鷹バス事件の争点は?

被害者とされるVさんは、後ろに立ったAさんが、手のひらで数回、お尻全体を撫で上げたので、耐えきれずに振り向いたと供述しました。ただし、VさんはAさんが触っている場面を現に見てはいません。
Aさんは、たしかにバスの走行中にVさんの右斜め後ろに立っていました。ところが、Aさんは逮捕後の取調で「触っていない」と犯行を否認していました。
三鷹バス事件では、AさんがVさんのお尻に触ったのか否かが、すなわち被害者とされるVさんの供述が信用できるか否かが争点でした。
検察官は、Vさんの供述を信用できると判断し、Aさんを東京都迷惑防止条例違反で起訴しました。

三鷹バス事件の審理は?

東京地方裁判所立川支部の審理の中で、次の事実が明らかになりました。

犯行可能な時間はわずか3秒

Vさんの供述によれば、Aさんは左手でつり革をつかんでおり、右手でお尻を触った、とされています。
車載カメラの映像によれば、女子生徒が「耐えきれずに振り向いた」のは午後9時34分06秒でした。
Aさんは右手で携帯電話を操作して交際相手の女性にメールを送信していました。車載カメラの映像によれば携帯電話を操作しているのは午後9時33分03秒から34分24秒でした。
ということは、Aさんは痴漢をしたのであれば、わずか3秒で痴漢をしたことになります。

繊維が付着していなかった

Aさんの手指にはVさんのスカートの繊維が付着していませんでした。このスカートの素材はウールです。
Vさんの学校の制服を入手し、スカートを触って、繊維が手指に付着するかの再現実験をしました。その結果、ウール繊維が採取されました。

リュックを手指と勘違いしたのでは?

Aさんは、バスの車内でお腹側にリュックをかけていました。車載カメラの映像によれば、午後9時34分15秒から20秒ころにバスが大きく揺れ、AさんがVさんにぶつかり、AさんのリュックがVさんのお尻付近にぶつかっていました。そのため、Vさんは、リュックがお尻にぶつかったのを痴漢と勘違いしたのではないかと思われました。
心理学者が実験をすると、お尻という感覚が鈍い部位では、リュックと手指を識別することはできない、ということがわかりました。

三鷹バス事件一審は有罪判決

このような審理を経て、AさんがVさんのお尻を触ったのではなく、AさんのリュックがVさんのお尻にぶつかったのをVさんが痴漢と勘違いしていると思われました。
ところが、2013年5月8日、東京地方裁判所立川支部は、Aさんに罰金40万円の有罪判決を言渡しました。
裁判所は、

被告人が、被害者が移動を開始する直前ころに右手で痴漢行為をすることができたのは、三秒間程度しかなく、それは不可能というに近い。

と右手で痴漢をすることが不可能であることは、認めました。ところが、裁判所は、次のような理由でVさんの供述が信用できるとしました、

被告人の左手の状況をみると、二一時三三分五二秒ころから二一時三四分一二秒ころまでの間、被告人の左手がつり革をつかんでいることは車載カメラの映像によって確認できるものの、それ以外の時間帯の被告人の左手の状況は不明である。この点、被告人は、バスが揺れていたので、右手で携帯電話を操作している間、左手でつり革をつかんでいた旨を供述する。たしかに、バスが揺れている状況の下で、右手で携帯電話を操作しながら、左手で痴漢行為をすることは容易とはいえないけれども、それが不可能とか著しく困難とまではいえない。

右手では不可能でも、左手ならば可能であった、というのです。
しかし、揺れているバスの中で、右手で携帯電話を操作しながら、左手で痴漢をすることは、普通は無理です。それを「不可能とか著しく困難とまではいえない」としてもよいのでしょうか。しかもAさんは携帯電話を操作して、交際相手にメールを送信していたのです。右手で交際相手にメールを送信しながら、左手で痴漢をする、そんな痴漢がいるのでしょうか。
Vさんの供述では、Aさんの左手はつり革をつかんでいたことになっています。左手で痴漢をしたという認定は、Aさんの供述と矛盾するように思えます。この点について、裁判所は、次のように矛盾ではないとしています。

被害者は、第二被害の状況に関して、被告人の左手がつり革をつかんでいた旨を供述しているが、それは、第二被害が始まったころの状況を供述したものと理解でき、第二被害を受けている間中、被告人の左手がつり革をつかんでいたとの趣旨とまでは認められない。したがって、上記の被告人が右手で携帯電話を持っていた事実も、被害者の第二被害に関する供述の信用性を左右するものとはいえない。

痴漢が始まったときには左手でつり革をつかんでいたというのであり、ずっと左手でつり革をつかんでいた訳ではない、というのです。
ですが、痴漢が始まったときに左手でつり革をつかんでおきながら、左手で痴漢を始めるというのはどういう状況なのでしょうか。裁判所の認定通りだとすると、痴漢を始めた時点ではAさんには左手が2本あることになります。
Aさんは判決を不服として、控訴しました。

三鷹バス事件控訴審の審理は?

東京高等裁判所に控訴審では、改めて専門家が車載カメラの映像を解析しました。その結果、Aさんの左手がずっとつり革につかまっていることが確認されました。

三鷹バス事件控訴審は逆転無罪判決

東京高等裁判所は、2014年7月15日、無罪判決を言渡しました。
控訴審判決は、車載カメラの映像等に基づく客観的な状況から、

被害者供述よりも、むしろ、第二被害が発生したとされる頃、左手でつり革をつかみながら右手で携帯電話を操作するなどしていたという、被告人供述に沿う状況が存在したことを相当程度窺わせるものとみるのが合理的である

とし、Vさんの供述を信用できないとしました。
さらに、原判決の被害者供述の評価については、

原判決は、被害者供述の信用性は左右されないと判断しているところ、その理由とするところは、要するに、被告人が、右手に持った携帯電話を操作するなどしながら、左手をつり革から放し、被害者が供述するような態様の痴漢行為をすることは、容易ではないとしても、著しく困難であるとまではいえず、車載カメラの映像等からも、その可能性を明確に否定できないというものである。しかし、本件において、そのような理由から、被害者供述の核心部分が客観的状況とは矛盾しないと評価するのは、明らかに論理の飛躍があり、この種事案で被害者供述の信用性を判断する際に求められる慎重さを欠くものといわざるを得ない。結局、上記原判断は、客観的証拠との整合性の観点からみた供述の信用性評価を誤ったものというほかなく、論理則、経験則等に照らしてみても不合理であって、是認できない。

と原判決を厳しく批判しました。
検察官は上告をせず、無罪判決が確定しました。

三鷹バス事件の教訓は?

痴漢事件では、被害者とされる女性の供述が信用できるか否かが争点になることがよくあります。裁判所は、客観的状況と整合しない内容があっても、そこは目をつぶってでも被害者の供述を信用できると評価し、被告人を有罪にする傾向があります。三鷹バス事件の一審判決は、その顕著な例でしょう。
三鷹バス事件は、痴漢事件において被害者の供述をどのように評価すべきかを考える題材になります。

三鷹バス事件をきっかけに刑事裁判をもっと知りたい人は

三鷹バス事件の主任弁護人は、今村核弁護士です。
今村弁護士は、冤罪事件を多数手がけており、有罪率99.9パーセントという日本で、三鷹バス事件を始めとして14件もの無罪判決を獲得しています。残念ながら2022年に亡くなりましたが、今村弁護士の刑事裁判に対する考え方は、著書の『冤罪と裁判』に残されています。

「奇跡体験!アンビリバボー」をきっかけに刑事裁判に関心を持った方には読んでいただきたいです。