
2025年6月1日施行の改正刑法により、拘禁刑が導入されます。一般的にはあまり注目されていませんが、現行刑法が1908年に施行されて以来の改正で、行刑や刑事政策の分野では歴史に残る転換点になります。
懲役と禁錮が拘禁刑に一本化される
拘禁刑は、受刑者を刑務所等の刑事施設に収容する刑罰です。罪を犯した人の自由を制限する刑罰であり、自由刑の一種です。
(拘禁刑)
刑法(2025年6月1日施行)
第十二条 拘禁刑は、無期及び有期とし、有期拘禁刑は、一月以上二十年以下とする。
2 拘禁刑は、刑事施設に拘置する。
3 拘禁刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる。
従前の刑法では、自由刑は、懲役、禁錮、拘留の3種類に規定されていました。この内拘留は、30日未満の短い期間に限って刑務所等に収容する刑罰です。1か月以上の長い期間に渡って刑務所等に収容する刑罰は、懲役と禁錮の2種類が規定されていました。
改正刑法では、懲役と禁錮が拘禁刑に一本化されました。これによって、自由刑は、拘禁刑(1か月以上)と拘留(1か月未満)の2種類になります。
懲役と禁錮の違いは刑務作業の有無
拘禁刑と懲役・禁錮はどこが違うのでしょうか。
これを理解するためには、前提として、従前の懲役と禁錮を理解する必要があります。
懲役は、受刑者を刑務所等に収容し、刑務作業を行わせる刑罰です。
(懲役)
刑法(2025年5月31日以前)
第十二条 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、一月以上二十年以下とする。
2 懲役は、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる。
これに対して、禁錮は、受刑者を刑務所等に収容する刑罰です。刑務作業は刑罰の内容に含まれません。
(禁錮)
刑法(2025年5月31日以前)
第十三条 禁錮は、無期及び有期とし、有期禁錮は、一月以上二十年以下とする。
2 禁錮は、刑事施設に拘置する
このように懲役と禁錮は、刑務作業が刑罰の内容に含まれるか否かが異なります(ただし、禁錮の受刑者も、希望により刑務作業に就くことはできます。)。
刑法では、内乱に関する罪(刑法77条~79条)は禁錮だけが定められていますし、過失犯では懲役と禁錮のいずれかを裁判所が選択できるようになっています。これは、政治的な動機で犯罪をした人や過失犯の人は、通常の犯罪者とは異なった処遇をすべきという考え方に由来しています。
懲役と禁錮の問題点とは?
従前の懲役と禁錮には、次のように色々な問題点が指摘されていました。
懲役・禁錮を区別する意義が乏しい
刑法は、自由刑として懲役と禁錮を定めていますが、これを区別する意義はないという指摘がありました。
過失犯を通常の犯罪者とは異なった処遇をすべきという考え方は、それ自体が妥当かが疑問です。
政治的な動機で犯罪をした人には特別な処遇をすべきというのあれば、内乱に関する罪に限らず、他の犯罪(例えば、建造物侵入や公務執行妨害)でも政治的な動機で犯罪をする人はいます。
先程の通り、禁錮の受刑者も希望により刑務作業に就くことができます。刑務作業に就いてしまうと、禁錮の受刑者の処遇は懲役の受刑者の処遇とほとんど変わりません。
このような理由から、懲役と禁錮を区別する意義が乏しいのではないかという指摘がありました。
懲役の受刑者が刑務作業に就けない
懲役では刑務作業が刑罰の内容です。施設側としては、懲役の受刑者に刑務作業をさせなければなりません。
ところが、実際には、病気や障害等が原因で刑務作業に就きたくても就けない受刑者がいます。
特に問題になっているのが、高齢の受刑者です。近年の厳罰化の影響で、長期間服役する受刑者が増えています。これに伴って受刑者の高齢化が進んでいます。中には90代の受刑者もいます。高齢の受刑者は、通常の刑務作業の就くことはできません。それどころか、日常的な生活にも介護が必要であり、他の受刑者に介護をしてもらっている人もいます。それでも、懲役刑の受刑者である以上、本来を刑務作業をしなければならないのです。
すべての懲役刑の受刑者に一律に刑務作業を課すことは現実的ではない、という指摘がありました。
更生プログラムの位置づけが不明
刑罰、特に自由刑に期待されている役割の一つは、再犯防止です。自由刑の受刑者はいずれは社会に戻ります(無期刑の受刑者も仮釈放者や恩赦によって社会復帰する可能性はあります。)。受刑者を更生させ、社会復帰させることは自由刑の重要な役割です。
刑事施設は、再犯防止のために受刑者に対して必要な教育や指導を行ってきました。例えば、性犯罪で服役することになった受刑者には、精神医学や臨床心理学の知見に基づいた性犯罪防止のためのプログラムを刑務所内で実施していました。
ところが、このような再犯防止のための更生プログラムは、懲役・禁錮では刑罰の内容ではありませんでした。懲役の受刑者は本来の刑罰の内容が刑務作業ですから、更生プログラムと刑務作業との兼ね合いが難しいこともあったのです。
そのため、更生プログラムを刑務作業と同様に本来の刑罰の内容に含めるべきとの指摘がありました。
拘禁刑には再犯防止が期待されている
新しい拘禁刑は、従前の懲役・禁錮の問題点を踏まえて、
- 懲役と禁錮を一本化する
- 刑務作業を行うかは受刑者ごとに異なる
- 更生プログラムが刑罰の内容になる
という変更が加えられました。
拘禁刑がうまく機能するのかは、更生プログラム次第でしょう。期待されている効果をあげることができれば、再犯防止に役立ちます。
その一方で、更生プログラムを刑罰の内容にすることに対する疑問の声もあります。更生プログラムが刑罰の内容になるということは、受刑者が更生プログラムを受けることを希望していない場合でも、更生プログラムを受けなければならないという状況があり得るのです。この場合は、受刑者が更生プログラムを受けないと懲罰の対象になってしまいます。
しかし、更生プログラムを希望していない受刑者が嫌々更生プログラムを受けることに意味はあるのでしょうか。まったく意味がない訳ではないのかもしれませんが、それによって再犯防止の効果が期待できるのでしょうか。
このような疑問から、刑法で更生プログラムを位置づけるにしても、あくまでも受刑者が任意に受けるものにすべきであり、刑罰の内容に含めるべきではないという指摘もあったのです。